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2026年 04月 13日
数えてみたらバレエを始めてから27年もたっていました。長いような短いような。27年コツコツとはやってきましたが、途中で仕事やら介護やらで全くできない中断も含めて。そして昨日、27歳差の娘と最初で最後の共演を果たしました。 思い返せばからだが全く動かせない膠原病の疑いで検査の結果を待つ1週間の間に、「自分の人生でやりのこしたことってなんだろう」とぼんやり考えました。でもそのときは必死だった。私は強欲に「神様、仏様、もしいらっしゃるなら私をもう少し生かしてください。まだ娘を遺しては行けないのです」と祈りました。 幸いなことに普通の生活を送り、今の健康な日々が本当の奇跡だと感謝しています。快復したときに、娘が当時通っていたお教室の先生から「やってみませんか?」と声をかけていただいたのがきっかけで、それがここまで続くことになろうとは。転居もあってふたたびその先生に地元でお世話になることが叶い、ありがたいかぎりです。 今回の企画。 リハーサルは合計5回だけでしたが、本番は大事故を起こさないで乗り切れました。リハーサルをコーチしてくださった主催の先生が「本番は緊張していたのが表情でわかりましたよ」と終わってひとこといただき「あ~バレてた」なぜなら、本番の音が始まったときから「わたしのお得意のすっとこどっこいをやらかして娘に恥をかかせたくない」と必死のあまり「こうしなきゃ、ここだっけ、次はあそこ」と脳内が大騒ぎでした(笑) 終わった安堵と、自分のバケツリストのひとつの項目達成で少々虚な週のスタートです。 ![]() 当日ご一緒いただいた皆さんと、先生と娘と見守ってくださった方々に。 ありがとうございました。 #
by windtalker2008
| 2026-04-13 09:34
| バレエ雑記帳
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2026年 04月 11日
自分で考え感じること
長く踊るためのボディワーク指導を続けている友人の更新されたブログにあった示唆に富んだことばを引用。 「身体感覚に関わる学びの中では様々な導きの言葉に出合う。 その表現がそのままスッと自身の感覚的理解に繋がる場合もあれば、そうではない場合もある。 でも後者であっても、その表現によって求められたことを違う角度から探りながら、自分の感覚にしっくりくるように、いわば「翻訳」していく過程が面白いものなのだと思う」。 ご本人は”あまのじゃく”と言っていたけれど、ひとつ何か指摘を受けたときにその反対のアプローチやトライ、考え方を瞬時に試せる見識の多さと方向性がうらやましくも彼女の最大の強味と改めて思った。 私はその余裕が全くないタイプだ。 言われたこと、指摘を精一杯そのときにできる自分の解釈と感覚を総動員して、「これで良いのか?近づいたのか?」と踏ん張る。 まあまあの成果を出せるときもあれば、正直結果は常に不安定だ。 それは、自分で解釈しなおした身体の言語としてのあらわれでないからに他ならない。翻訳作業の未熟さとも言い換えられるだろう。 もう二度とお会いすることが叶わない貴重な教えをしてくださった方々がのこしてくださったさまざまな言葉が今の私の内側に静かに堆積しているが、その宝物を活かしきっているだろうかと自問する。 「これだ!」というa-ha! を常に渇望しながら、なぜかその一瞬は期待せずのときに不意打ちにおとずれたりする。例えば明け方の夢の中で。 からだを動かすことは、麻薬のような作用を自分におよぼす。それは陶酔感とは異なる。あまりにままならない絶望からの放心だろうし、バレエには審美的などうしても出したい絶対的なポジションとラインは岩戸のように漏れるわずかな光を見せてはくれるが、大きな音をたてて開かれることは決してない。 例えば大人からバレエをはじめたひとは、プロダンサーのようにならなくてもできなくても良いのだが、その「からだのことば」を共有したいと願って今日も真剣にレッスンに取り組むひとは多いはずだ。 せめて自分でそれを翻訳できればどんなによいだろう。 今自分がいる場所。こころとからだがたたずまう場所。少しずつ変わってきたバレエにたいする見方、考え方と理解。これから自分が向かいたい場所。歩いていく方向と少し先のみらい。 私の翻訳作業は今日も続く。 #
by windtalker2008
| 2026-04-11 10:49
| バレエ雑記帳
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2026年 04月 09日
不世出の20世紀の奇跡のダンサー
ドキュメンタリー映画『ドン:神の道具』が、間もなく開催されるブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭(BAFICI)で初上映されます。 本作は、貴重なアーカイブ映像を用いて、ドンの生涯を再構築します。モーリス・ベジャールと共に名声を確立した時代から、悲劇的な最期まで、20世紀ダンス界で最も異彩を放つ人物の一人、ジョルジュ・ドンの軌跡を辿ります。 #
by windtalker2008
| 2026-04-09 16:29
| バレエ雑記帳
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2026年 04月 01日
エキサイトさんありがとう
エキサイトのブログサービスを利用するようになって10年以上経ちます。 4/1の利用開始。 私のお誕生日。つらつらと備忘録を兼ねて書き連ねてきましたが、まさか続くとは予想しておらず。そしてその前日に突然ログインできなくなるトラブルもありましたが、対応部署の方がチョッ早でご対応くださり、無事にトラブルを解決してくださって、これを書いています。 数回困って相談したときも、常にサービス側のご担当者さんは丁寧に対応してくださって、私は本当に「ありがたいな」という気持ちです。お世話になります。 ということで遡ったら何年?いや、もう数えることはやめておきましょう 笑 自分が年を重ねるように、この備忘録の記録も細々とその回を重ねていくことになると思います。 私はエディタも旧式(使い慣れているので)のまま使っていて、それをそのまま旧態依然とした私の頭に合わせてくださってPC原始人のまま進化を止めているのを許容してくださっているのもありがたい限りです。 ということで、🍺で乾杯! 先月の読書の記録を残しておこう マタ・ハリについて昔から気になっていて、パウロ・コエーリョが各資料に当たって本人のモノローグを借りた形で書いた作品を読んでみた。残されている画像はエキゾチックな美女ですが、ジョセフィン・ベイカーと並んで激動の時代とその運命を生き抜いた女性の生涯は興味深いです。 #
by windtalker2008
| 2026-04-01 18:04
| 徒然
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2026年 03月 23日
第四の壁
舞台芸術では「第四の壁」という言葉が存在するのを最近知った。ディドロが提唱した舞台の上の存在する演者に対して奥の背景第一、左右の袖が第二と第三、そして正面の観客席との間で始まりと終わりは「幕」が区切りを示す役割をする第四。 この第四の見えない壁は演者によって本来は見えない存在の境界線を突き破り、観客と共有する虚をつくるパワーを示すのに使われる。 優れた舞台俳優や、ダンサーはこの壁を当たり前のように取り払い観ている人を精神的に共振させるとてつもないパワーを持つ。私も数回記憶に刻まれて消えないベルリンならぬ「第四の壁崩壊」は実体験してきた。 先日おとなダンサーを含むバレエ「ラ・バヤデール」全幕の舞台を観た。主役はプロダンサーの方々がつとめ、研修生として修行中の若いダンサーさんたちもサポートするが、本当の素人、つまりおとなダンサーさんたちも大挙出演していた。フォーメーションを一生懸命に揃えてがんばっていらして、知り合いの方の場所を探すのに忙しいのもこういった舞台の楽しいところだ。 私は当然2幕の影の入場は省略されると思い込んでいた。それくらいこのコールドの場面はダンサーの個人レベルが粒揃いで高くないと難易度が高すぎるものとして知られている。ところがあの音楽と舞台奥に傾斜した装置が見えたとき「まさか?!」24人のうち後半の方々はおとなダンサーに見受けられ、全員音楽に集中し気持ちをひとつにアラベスクを繰り返し、坂を下りてくる。 さらにあの有名なデベロッペ・アラスゴンドをロッキングに耐えながら全員が上げ切った。手に汗握るシーン。もちろん多少の震度2はあったけど、踊るひとはそれがどれだけ困難で苦しいものかわかりすぎるくらいわかっている。ひとりひとりの集中が第四の壁を霧が晴れるように消した瞬間だった。 バレエは残酷な芸術で、容姿やプロポーションも完成度のうちだから未完成のひざやつま先は「素人」の越えられない課題だけれども、それも忘れさせてくれるパワーの瞬間もあるんだととても感動した。主役の方々の踊りはもちろん素晴らしかったけれど、熱演するおとなたちの一途な集中はものすごい力を持つなあと心うごかされて、とても素敵な驚きだった。 さらに影の第一から第三バリエーションは、パ・ド・カトル、パ・ド・トロワに改変されていてこれは全員大人ダンサーがつとめた。本当にうまい見せ方でオリジナルの振りをリスペクトしつつ「あ、これいつかチャレンジしてみたい」と大人を夢みさせてくれる考えられた構成と振りとなっていて、初めてバヤを観た方はもともとこういった踊りと思われたかもしれない。 以前お世話になった先生がニキヤをつとめられたが、初めて拝見できた舞台の上の先生の踊りから学びも多かった。大きいハコでは特に、アームスや上体の使い方、視線の飛ばし方で客席に届くものが全く違う。美しく哀切な輝かしいニキヤだった。ダンサーの動きが3Dとして生身の虚ゆえの役の存在感、躍動感を放つのはひとかたならぬ修練と積み重ねてきたものこそが可能にしてくれる。全幕の芯をつとめられて、教えもおそらく並行していたので本当に大変な準備期間を過ごされていたのかなと思った。 生の舞台はやっぱりいいなあ♡ ご出演された全ての皆様、おめでとうございます。 ありがとうございました。 ブラボー♪ #
by windtalker2008
| 2026-03-23 09:02
| バレエ雑記帳
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